東日本復興十年、託された「安全」の宿題
金子由芳
(神戸大学社会システムイノベーションセンター教授)
東日本大震災から十年を機に、さまざまな復興評価の試みが見られるなか、私の研究グループでも被災地でささやかな質問票調査を実施した。この一環で、岩手県の宮古商工会議所・山田町商工会・大槌商工会・釜石商工会議所の協力により実施した事業者復興意識調査(配布2,766件、回答567件、回答率20.5%)では、予想外の示唆が多かった(*)。なかでも復興十年の宿題として残された「安全」の問題について、ここで紹介したい。
復興十年で「安全」が達成されたかの問いに、事業者の回答は宮古で45.4%、山田49.3%、大槌35.7%、釜石54.7%と低迷した。一般世帯に対する同時点の調査では「安全」の達成回答が6割に達したこととの対比で、事業者の「安全」感が顕著に低いことがわかる。
さらに、「安全」面の復興感は復興整備事業の態様別に有意差が見られ、「多重防災」と称される震災後の国の安全対策の基本方針が、事業者の復興感に影響したことが考えられる。防潮堤や嵩上げ区画整理などのハード対策は明治三陸津波対応(レベル1)の安全基準で設計され、将来の東日本大震災級津波(レベル2)の襲来の際には警報・避難等のソフト対策に依存するしかない。そのため、嵩上げ地域に当たった事業者は、工事完成まで数年の待機を余儀なくされたが、レベル2の「安全」はなお得られていない。また災害危険区域に当たった事業者は、元地でそのまま早期の事業再建が可能であったとはいえ、レベル2津波の到来時には遠方の高台まで顧客や従業員の避難誘導に責任を負わねばならない。またもともと住宅・事業一体型であった事業者は多く、災害危険区域の居住規制により、高台移転の対象となった住宅と、災害危険区域で再建する事業との分離により経済的負担も生じた。
このように、「安全」と「経済」の両面で低迷する事業者の復興感は、政府の安全対策の設計に対する厳しい評価を反映したと考えられる。
*金子由芳・本荘雄一・豊田利久・北後明彦・塩見有美(2021)「東日本大震災被災地における復興十年の商工者意識調査―結果と若干の考察」、『都市安全研究センター報告』25号掲載予定