法を学ぶ者こそ防災教育を担え~災害復興法学への誘(いざな)い
岡本正
(弁護士・博士(法学)・銀座パートナーズ法律事務所・岩手大学客員教授)
2011年3月11日、霞が関で数分に及ぶ大きな揺れを経験し、津波映像を目の当たりにしたときに心を支配したのは、途方もない無力感と罪悪感だった。――法学は災害の前では無力なのか。弁護士となり実務経験を積み、震災当時は内閣府で政策立案を担っていたが、津波で破壊された街、原子力発電所事故、それらによる多くの犠牲は、これまでの経験が全く無意味であると突き付けているかのようだった。しかし、そこから私を復興支援活動へと奮い立たせたのも法学の力だった。
法学も災害復興支援に役立つと実感できるのは、法律の知識が正しく被災地に伝達され普及したときだ。被災者の生活再建支援とは、突き詰めれば金銭給付と債務免除である。そこには公的資金が必要になるが、その支出根拠こそ「法律」に他ならない。被災者生活再建支援法、災害弔慰金法、災害救助法、特定非常災害特別措置法、激甚災害法、自然災害債務整理ガイドライン(個人版私的整理ガイドライン)といった法制度が支援の根拠になっている。貴重品や書類を失ったらどうなるのか、日々の支払に困窮したら対応策はあるのか、といった絶望的なまでの困難も法律の利用が解決の糸口になる。役立つ「知識」が被災地に行き渡ることで、未来を照らす灯火となる。ここから生まれた防災教育プログラムが「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」だ。
法学を学ぶことは、法律の条文知識や司法手続技術の習得だけを意味しない。法学者の末弘厳太郎先生(1888-1951年)の言葉を借りれば、「法律的に物事を考える力」、すなわち「物事を処理するにあたって、外観上の複雑な差別相に眩惑されることなしに、一定の基準を立てて規則的に事を考えること」を養うのが法学である。この事実を基準にあてはめ評価する思考プロセスこそ法学的素養として重要であり、また法学を学ぶべき意義である。
防災・減災、災害発生時、復興・生活再建という防災サイクルのあらゆる場面で、この法学的素養が必要だと思われる場面に遭遇する。たとえば、行方不明者の安否確認と氏名公表の是非がしばしば課題になる。個人情報だからといって「保護」のみを偏重するのではなく、法律が許容する「共有」についても柔軟に思考し、氏名公表に踏みきる必要がある。また、災害救助法には特別基準という支援の上乗せを許容する条項が備わっており、それらを弾力的に解釈して使い熟し予算を獲得していくにも法学的素養が不可欠である。災害復興や危機管理の場面では、定量的な数値や基準だけでは是非を測れない場面は多数存在しする。そのときこそ「法律的に物事を考える力」を駆使することで、既存の法律を徹底的に活用し、現状を打開していく智慧が欠かせない。法を学ぶ者こそ、被災者への法律知識の普及と復興政策実践の担い手として名乗りを上げてほしい。
災害法制に不備があると考えられるなら、課題を乗り越えるべく新しい法律を提言していくことが求められる。現在の災害法制の姿は、多くの犠牲からなる教訓を未来へ伝えようと先人が私たちに託したものである。しかし、それは決して最終形態ではなく、社会における価値の変化、科学技術の発展、そして新しい態様の災害が発生するたびに変化を余儀なくされるものであることも理解したい。災害法制は時代に応じて変わり続ける宿命づけられていることを忘れずにいたい。そうであれば、災害復興政策の軌跡を記録し、社会へ直接貢献する学術分野の創設と伝承するプラットフォームが必要ではないか。それが災害復興法学の目指す体系である。災害復興法学の挑戦はまだ始まったばかりだ。
参考文献:『役人学三則』(岩波書店)、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版』(弘文堂)、『図書館のための災害復興法学入門』(樹村房)、『災害復興法学』『災害復興法学Ⅱ』(慶應義塾大学出版会)、『災害復興法学の体系』(勁草書房)。