東日本大震災から10 年、岩手で生まれたこと・変わったこと【2021年度学会大会 特別分科会 概要報告】
五味壮平(岩手大学人文社会科学部)
大災害が生じた後、その地域が潜在的に抱えていた課題が顕在化するとよく言われる。災害からの復興のプロセスは、同時にこうした課題の克服を目指すプロセスともなる。そして、そのプロセスを通して、当該地域を中心にしばしば新たな関係性が紡がれ、また「新たな社会」が作り出されることがあるという指摘もよくなされるところである。
それでは、東日本大震災は、東北、そして岩手という地域と社会にいったい何をもたらしたのだろうか。何を変えたのだろうか。何を生んだのだろうか。特別分科会として、今回の岩手大会の全体テーマとシンクロする形で、このような問いに対する検討を行う場としたいというのが提案の趣旨であった。
最初の登壇者の岩手大学船戸義和氏と岩手日報社の小田野純一氏は「ゼロからのコミュニティ再生」というテーマで話題提供を行い、顔を知らない人同士が多く集まることとなった災害公営住宅において、共助のためのコミュニティが形成されていくプロセスについて論じた。陸前高田市の県営栃ヶ沢アパートでの実践にもとづき、「住民総参加型」の自治会の設立から習慣化に至るまでのプロセスが紹介され、外部支援、初期支援の役割等が論じられた。
二人目の登壇者の五味は、「住民・移住者・外部者による主体の再編~災害復興のオルタナティブ?~」という話題提供の中で、陸前高田市におけるこの10 年の復興に向けたプロセスを振り返りつつ、そこでの一つの特徴は、移住者や外部者たちも主体化してきたプロセスであったのではないかと論じ、これを「よそ者(も)主体化型復興」と呼んだ。人口減少の進む時代において、理想形とはいえなくても一般的・普遍的なモデルとなり得るのではないかとしたうえで、その成立のための条件、リスク、健全化のための条件などを検討した。
三人目の坂口奈央氏(日本学術振興会)は「岩手のこの10 年 生まれたこと変わったこと―日常への変換としての支え合い―」という話題提供の中で、大槌町吉里吉里地区と紫波町志和地区との間の支え合いの関係について論じた。両地区には震災前から続く交流の蓄積があった。震災後は、関係性の柔軟な見直しが行われつつ、現在も交流が維持されている。公民館やPTAという組織を通じた交流であったこと、顔の見える関係であったこと、「目的」を意識した交流であったこと等が、その柔軟性を生み出したのではないかと考察した。
四人目の登壇者の岩手県立大学の吉野英岐氏は、「被災地の祭礼と芸能:その多様性と持続性-大槌町の郷土芸能を事例に-」というタイトルで震災後における大槌町の祭礼や芸能の状況を紹介した。休止したものは存在せず、ほぼすべてが早期に上演を再開していること、そこでは既存の特性が活用されていること、無形文化財化と実演機会の多様化の動きが見られることなどが指摘され、これらの芸能が復興に果たした役割についての考察がなされた。
これら4人の話題提供を受けて、広田純一氏(いわて地域づくり支援センター・岩手大)は、中括として4つの話題を地域コミュニティという視点からとらえなおした。東日本大震災の被災地では、地域コミュニティの変化が一気に、また同時に生じたとしたうえで、とくに甚大な被害を受けた地域では地縁型コミュニティとテーマ型コミュティの連携による課題解決型の地域運営組織(体制)の構築と、外部人材をも取り込んだ新たな拡大コミュニティの形成がみられつつあるとし、先に紹介された話題(五味・坂口・吉野)をこうした動きと関連付けた。そして、こうした経験や船戸氏らによる実践が、地域コミュニティが崩壊しつつある多くの地域社会への応用可能性を持ったものであることを指摘した。
最終討論では、フロアからの質問やコメントも受けつつ、とくに「普遍性」をテーマに議論を行った。今回の話題提供でふれられた事例が、都市部での災害後の取組や地域づくりにどのような応用可能性をもっているか(たとえば、地域コミュティを積極的に作っていくというアプローチを都市部などでも展開できるか)などが論じられた。
オンラインではあったものの、岩手での10 年間の実践と探究にもとづいた議論ができ、特別分科会ということもあって多くの方々(100 名以上)にご参加いただいたことをありがたく思う。この分科会が、震災は岩手をはじめとした諸地域に何をもたらしたのかというテーマへの洞察を深めることにつながることを願う。