多様な人々の対話による震災伝承の可能性を考えるー岩手・宮城・福島の災害伝承施設より【2021年度学会大会 分科会2 概要報告】
坂口奈央(日本学術振興会 特別研究員PD)
当分科会では、岩手・宮城・福島3県に近年相次いで設置されている災害伝承施設に焦点を当て、一般的な公的記憶の継承にとどまらない、多様な視点による、主観的な災害伝承のあり方について模索したものである。東日本大震災から10年が経ち、被災地には多くの災害伝承施設が設置されている。「震災伝承ネットワーク協議会」によると2021年4月1日現在、東日本大震災の伝承施設として登録されている件数は、被災3県で267件に登る。多くの伝承施設が設置されたものの、多様な人々の災害体験とそれぞれの人々が当時必要としていた防災ニーズを、どのように次の世代に伝えようとしているのかが見えてこない。特に、妊婦や乳幼児を抱えた女性や高齢者、障がい者、性的マイノリティ、外国人など多様な人々の震災体験とそのニーズを、公的な伝承施設の中でどのように伝えているのかに関する検討はこれまで殆どされていない。本分科会では、東日本大震災の災害伝承施設で、どのような震災の記憶がどのように集められ、それらをどのような方法で伝えているのかを検討した。
登壇者は、災害伝承に関する研究者にとどまらない。移住外国人の視点から、ジェンダー的視点およびLGBTQの災害時の経験について、人権の観点から研究するもの、さらには、宮城県石巻市と岩手県大槌町の被災者であり、災害伝承について活動を実践している2名を含む計9名である。
2時間半にわたる分科会での議論では、「客観性」「一般性」「中立性」な伝承の記録や展示からこぼれおちる経験があることについて問題提起がなされた。また、被災時ばかりが焦点化され、避難所生活や仮設住宅での経験など、「公共の記憶」として社会が意識していない主張や声は、伝承に反映されにくく、そもそも、展示に関する選択には、選ぶ人の主観が入っていることをふまえたうえで、 被災から10年が経過した今こそ、災害伝承のあり方について見直す契機だという意見が相次いだ。そして、「交差性・複合性」というキーワードに対する関心が寄せられた。このワードは、いくつかの要因が複雑にからみあいながら個人に影響を及ぼす差別や不利益の意味を理解する視点である。公的施設として、真に開かれたパブリックとしての災害伝承施設であるためにも、主観的な記録や主張が展示に反映されること、そして、多様な生き方や存在を認めあうことが、豊かな災害伝承の可能性を開くことが指摘された。