「復興疲れ」から生まれた「ガルパン」
李旉昕
(茨城大学地球・地域環境共創機構、
日本学術振興会)
東日本大震災から10年が経った。被災地は復旧と復興の課題だけではなく、加速化している少子高齢化、人口流失、産業の衰退などの社会問題に直面し、さらに2020年からはコロナ禍と、山積みの問題を抱えている。本稿では、以上のような困難な状況を解決する意図が直接的にあったわけではなかったが、アニメの舞台となったことをきっかけに、課題の解決に繋がった茨城県大洗町の事例を紹介する。
大洗町の人口は約1万6千人である。町の主要産業は海水浴場を中心とする観光業、農業、漁業、水産業などである。東日本大震災では地震、津波の被害を受けた。人的被害がほぼなかったこともあり、復旧自体はほかの被災地より早かった。町はできる限り早く震災前の様子に戻りたかったが、福島第一原子力発電所の事故による実被害と風評被害に苦しんでいた。
震災後、大洗町商工会青年部がテレビアニメ『ガールズ&パンツァー』(通称「ガルパン」)の制作側から、町をアニメの舞台にする提案を受けた。高齢者が多く、アニメに熱心な人も少ない大洗町にとってはまずアニメの舞台になることを商工会側から説明すること自体が困難を極めた。しかし、「復興おこし」、「風評被害対策」に疲れた大洗町にとって、アニメまちおこしを意識せず、遊び心でとりあえず「復興とは違うことでやってみよう」というスタンスで、「ガルパン」の受入側として展開していった。
2012年10月からアニメが放送され、人気作となった。国内外のファンが大洗町を訪ね、アニメに登場した建物をめぐり、スタンプラリーなど、聖地巡礼をする。ファンは単に町に巡礼するだけではなく、町内大掃除、イベント、祭りの日に大洗町に駆けつけて手伝う。また、ファンは商店、宿泊施設の高齢経営者にアニメについて説明をしたり、グッズを寄贈したり、掃除したり、おしゃべりしている。コロナ禍で、ファンが直接大洗町に訪ねることができないなかでは、クラウドファンディングを通じて、大洗町を支援している。アニメのファンから大洗町のファンになっていることが特徴的である。
ファンは、観光、消費などの経済効果を町にもたらすことだけではなく、町を支援するボランティアのような活動を通じて、風評被害、コロナ禍に苦しんできた町を元気づけて、本来町の目的ではないアニメまちおこしや復興対策に効果を発揮している。大洗町の事例は他地域にとってそのまま模倣できるわけではないが、町が新たな取り組みに挑戦し、多様な外部者とコミュニケーションするというあり方は、参考になるものと考えられる。