災害復興パラダイムを考える カイ・エリクソンの「集合的トラウマ」の概念を手掛かりとして【2021年度学会大会 分科会1 概要報告】
近藤誠司(関西大学)
この分科会は、「復興パラダイム研究会」が企画しました。主眼は、カイ・エリクソンの「集合的トラウマ」の概念を再考することで、復興という営みをまなざす足場を築いていくことにあります。半世紀前にアメリカで発生した洪水災害を調査したカイ・エリクソンは、個人的なトラウマの観点からだけでは説明しきれない「コミュナリティ(共同性)」に根差した喪失、すなわち「集合的トラウマ」があることを主張しました。この概念のポテンシャルを掬い出せば、具体的な個人の事情にこだわり過ぎて議論が拡散してしまう陥穽や、抽象的な社会の事情にとらわれ過ぎて、サンプル群を統計的に操作することでわかったつもりになる陥穽を、うまく乗り越えられるのではないかと考えたのです。
分科会の前半では、カイ・エリクソンの著書『Everything in its Path』(邦題は「そこにすべてがあった」)を翻訳した宮前良平先生、大門大朗先生、高原耕平先生から、思索の一端を披露していただきました。そして次に、特定非営利活動法人・高田暮舎の越戸浩貴さん(岩手県陸前高田市在住)から、「集合的トラウマ」の議論からどのようなことを想起したのか、深い洞察を交えたレスポンスをいただきました。
たくさんのキーワード、キーフレーズが得られました(詳細は近日中に、「復興パラダイム研究会」のウェブサイトに掲載予定です)。
ひとつ、越戸さんが紡いでくださった言葉のなかで、「コミュニティを取り戻すことはできない」というフレーズがありました。ノスタルジックに浸るのではなく、かといって、シニシズムに構えるのでもない、ひとつの覚悟、ある種の信念のような含意を感じました。会場からは、「コミュニティは、震災があろうがなかろうが常に流動しているのではないだろうか」というコメントがあり、「被災」という体験を特別視するまえに、歴史性・文化性・時間性・空間性に依拠した「コミュナリティ(共同性)」が、ネガティブにもポジティブにも変容していくダイナミズムをまなざすことの重要性が再確認されました。そのうえで、「まだ在る」モノやコトを「残す」アクションにも積極的な意義を認め、さらに「もう無い」ように思える「共通の痕跡」を感じ取る力を涵養する必要性なども言及されました。
「集合的トラウマ」は、リーズナブルな概念として消費されやすい弱点があるように感じるかもしれませんが、この弱点を強味に転換する道筋(path)をたどることによって、実践と呼応した復興パラダイムを構築できるのではないかと期待しています。